川合治義つれづれのブログpart2

関市の市民活動家の日々

藤堂先生

ビルマのジャングルで戦死

 衆議院岐阜3区のさかぐち直人さんカンボジアで一緒だった中田厚仁さんは、侵略軍の兵士としてではなく、民主的な選挙を妨害しようとする勢力に撃たれて亡くなりました。 中田さんは大阪大学国際法を、さかぐち直人さんは早稲田大学で英語を学びました。

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 同じ志を抱いて活動したカンボジアで同室だった中田さんと阪口さん、これが永遠の分かれとなりました。

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 さかぐち直人さんは中田さんの遺志を引き継いで、アツ()学校への支援を続けています。

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 さかぐち直人さんは名古屋大学大学院で学んだことと、衆議院第4区の今井雅人議員の『同じ岐阜で力を合わせてやろう!』という言葉に突き動かされ再び政治の世界に舞い戻ってきました。

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 岐阜第3区の現職議員に勝つのは至難の業です!でも今回は共産党も28000票を以て協力する構えです。自民・公明連立政権が推し進めてきた『自己責任』『格差拡大推進』の弱肉強食政治から『支え合う』安心できる社会へ転換するためには、この至難の業を成し遂げなくてはなりません!

 

 どんどん厳しくなってきた世の中に失望して政治に全く期待しない、関心がないという人々こそ実は政治に救われるべきです。さかぐち直人さんは豊かな国際経験から「弱者を助ける、自立の道を一緒に切り拓く!」という熱意を以て日々活動しています。私は従来尊敬してきた、伊能忠敬田中正造に加えて中村哲医師にも劣らない尊敬を以てさかぐち直人さんの当選のために力を注ぎたいです。

 

戦地で犬死させられるのはまっぴらごめんです。

 森山直太郎扮する藤堂大尉が裕一の目の前でイギリス軍の銃弾に当たって戦死しました。ビルマ派遣軍の歌を高らかにうたいながらも、妻への遺書を裕一託していたことが伏線でした。

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 次の瞬間この兵士はイギリス軍の狙撃兵に頭を撃ち抜かれました。 裕一は藤堂先生に言われて身を隠したのですが、その目の前で、、、! 

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私には、作家が言っていた言葉が蘇りました。

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古関裕而は実際にはタイのバンコクまでしか行っていないようです。日本軍兵士の餓死者が沿道を埋め『白骨街道』と呼ばれたインパール作戦のおよそ7万人(諸説あり)もの戦傷病者の遺骨は殆ど帰還できていません。ゲゲゲの女房水木しげるは生還者の一人だったはずです。

 

ドラマですから、裕一はビルマから帰って来られました。先生の遺書を携えて。

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